香蘭女子短期大学

KORAN WOMEN’S JUNIOR COLLEGE

ファッション総合学科

ファッション総合学科

ファッションはおもしろい。ファッションで仕事ができると、さらにおもしろい。【Vol.1】

アメリカ留学でファッション愛が再燃。理想のデザイナー像も見つけた。

 洋服にはまったのは中学時代です。古着のブームだったので、古着屋に入り浸っていろいろ教えてもらったり、小遣いを貯めては古着を買ったり。高校に入るとスニーカーブームがきたので、エアマックスを小遣いで買ったりしていました。
高校を卒業してアメリカに留学しました。当初は海洋生物学を学びたくて行ったんですが、現地の語学学校で出会った東京出身のおしゃれ好きな人が、当時『裏原ブーム』だったのでエイプとかを着ていて、「ファッションいいなあ」と自分の中に熱が戻ってきて。それで芸術短大に行って、2年間ファッションを学びました。
 アメリカのファッション業界は作ることよりもビジネスのほうに力を入れているので、講義の時間が多かったです。それと、デザイン画が描ければそれでいいという文化なので、イラストの授業はあるけど、作れないのですごくもどかしくかった。そのとき、「絵は描いても作れないデザイナーってどうなの?」って思いました。服って立体的なものなので、造りがわからないと、いい服はできないと思って。それがきっかけで、「デザイナーとはこうありたい」と意識し始めました。
 どうしても技術がほしくて、日本に戻って東京にある服飾系専門学校の文化服装学院に入りました。授業はすごく厳しくて、講義はあるけど縫う時間がほとんどなくて、家に帰って夜遅くまで縫ってまた次の日…の繰り返しでした。徹底して作っていたので、卒業前になるとある程度作れるようになって、全国のファッションコンテストに応募することに情熱のすべてを傾けていましたね。

思わず二度見!自分がデザインした服に街中で遭遇する感動。

 企業で服を形にする仕事は、基本的にデザイナー職とパタンナー職の2つです。日本のアパレル企業でいわれる「企画」は、デザイナーと同じ仕事です。デザインを描いて、それに合う生地を選んで、どういうボタンを使うか決めて…。それからパタンナーにデザイン画を持って行って説明して、型紙をひいてもらって出来上がったものをチェックします。
僕は文化服装学院を卒業した後、アパレル企業で女性服のアシスタントデザイナーになりました。アシスタント時代は朝誰よりも早く来て終電で帰る生活だったので本当に大変でしたが、すごく勉強になったし、その後、ユナイテッドアローズに転職してからもデザイナーの仕事はずっと楽しくてしょうがなかったです。
 ファッションで働いてお金をもらえることがすごく幸せだったし、売れた、売れないの数字がリアルに出るので、それを見るのも好きでした。それに、街中で自分がデザインした服を着てる人を見たときは本当にうれしかったです。初めて見たときの感動は覚えてます。歩いてたら見かけて、「ああ!」って二度見して(笑)。そのときは本当に「やってよかったな」と思いました。

服づくり、のち、香蘭で“人づくり”

 デザイナーとして働いていた時に糸を選んで生地を作ることもしていて、それがことのほか楽しくて、生地っていいなと思い始めました。ゆくゆくは自分でブランドとかをやりたいという気持ちがあったから、30歳くらいのときに1回リセットしようと思ってユナイテッドアローズを辞めて、福岡に戻って2年間、伝統工芸の「博多織」の修業をしました。そこに教えに来ていたファッション総合学科の前学科長が声をかけてくださり、非常勤で教えるようになったのが香蘭との出合いです。
 先生になるなんて思っていませんでしたが、教え始めてみると、学生が成長する姿がすごくいいんですよ。教えるのは物作りにちょっと似ていて、“人づくり”のような気がします。服を作るのと同じだなと思ったときに、教えることがより楽しくなりました。

【Vol.2に続く】

ファッション総合学科 講師
尾畑 圭祐

◎担当科目
「アパレル企画演習」「ファッションデザイン演習」「ファッション造形実習」

◎プロフィール
福岡市出身。アメリカの芸術短大、東京の文化服装学院でファッションを勉強。ユナイテッドアローズなどでデザイナーを務めた。博多織の学校を卒業後は帯を織るなど作家活動もしていた。

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